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信仰心と愛国心

信仰心と愛国心というのは,性質としては同じ特徴があると思う.信仰心によって人間はモラルや世界観を構築し得るわけであり,社会的公共的な立場から俯瞰してみると宗教という存在は不要不急の存在であるとは断言できない程度には有用の存在であるということを認めなければならないだろう.また,愛国心においても同様の特徴を有しており,モラルや世界観の構築に一定の影響を与えることは明確である.信仰心/愛国心共に,似たようなメリットあるわけであるが,デメリットも同様に存在するのである.

宗教のデメリットは,宗教という虚像に目をつむり真実の世界から目を避けているのではないかという危惧が挙げられる.端的に示せば,信者の永遠の来世が保障されているような,怯えるものに対する不誠実な虚偽的お為ごかしである.人生は有限であることを認めその中で精いっぱい人生を堪能するというが,最も豊かな人生なのではないだろうか.宗教というのは,終末期患者にモルヒネを注射するような盲目的逃避性があるように感じるので,私は個人的には好かないのであるが,世の中から無くなるべきと思うほどには人類の精神は大人ではないので,暫定処置として当分は必要なのではないだろうかと思うわけである.

愛国心のデメリットは戦後の平和教育で皆さん十分にご存じと思われるので,ここでは触れないが,本質的には宗教のデメリットとほとんど同質なものではないかと感じる.宗教によって戦争が起き,宗教によって諍いが絶えないのもまた事実であるのだし.個人的には,宗教よりはコストパフォーマンスの点において愛国心は優れているように感じる次第である.(メリット/デメリット比で)

私は個人的には,愛国心というのは,隣人愛が促され,公共の利益にも適って万々歳な存在と思うのだが,まあ,世間はそうは思わない所が悲しいところである.

森友学園の児童が教育勅語を暗唱しているということが批判的に捉えられているが,キリスト教系の学校で児童に讃美歌を歌わせたり,神を崇め奉ったりするのと本質的には同じような気がしたので,この文章を書いた.)

 

結論

  • 信仰心と愛国心はその特徴は本質的には同じものであり,同様なメリットとデメリットが存在するが,愛国心の方がメリット/デメリット比で優れていると考える.