書評

 中川恒子著の「乗合馬車」を読む.日本人妻の外国女性が,日本で自分の店を開くという内容だが,女性の社会進出を描いた内容であり,この内容を戦前に発表して,芥川賞を受賞したという事実は感慨深いものがある.ではあるが,女性の社会進出を日本在住の外国人女性に付託して描いている点は,当時の日本の限界だったのかも知れない.果たして,純粋な日本人女性が,家庭を持ちながら"道楽"でお店を開くと言うことが,当時の社会で受け入れられたのであろうか.作中では,進歩的な混血女性と旧弊な考えの純日本人女性との対話中で「ひとはパンのみに生きるにあらず」という下りがある.女性は家庭のほかに,自分の生きがいを求める権利があるというのは,当世においては当然の考え方であるが,その当時は女性は良妻賢母であればそれで良いという時代であって,その意味で非常に進歩的だと感じた.

 作中では,女主人公が仕事に熱中するあまり,家庭が疎かになり,そのことに反発する夫が描かれているが,本作より30年ほど先行して出版された「あしながおじさん」においても,やはり,女性がお金を稼ぐと言うことに否定的な男性(あしながおじさん)が登場する.女性の自立においては両性の協力は必須であり,夫の理解なくして実現できるものではない.そういった女性の自立という題材をこの当時に描けたというのは,「あしながおじさん」の出版年からすれば日本は30年遅れていたとも見なせるが,30年だけ遅れていただけだったのか,とも思えた.